ゼロからMuro Boxのムーブメントを設計
私の様々な決定は非常に主観的です。それで、先に申し上げておきますが、それぞれの道具や部品のメリット・デメリットは人によって異なるのです。本記事では、ただ「私」がスマートオルゴールMuro Boxの開発に携わった際の考えと視点のみが記録されています。人に意見や考え方を押し付けたり、炎上したりするつもりは一切ありません。
昔の設計されたオルゴールを研究
「電子オルゴール」をインターネットで調べてみると、沢山の検索結果が出てきます。その中で、シンプルな圧電式スピーカーや小さな永久磁石スピーカーで作られたおもちゃのようなオルゴールがはほとんどです。その原理は、メインのMCUとフラッシュメモリーを組み合わせ(あるいは内蔵メモリ、統合度による)、簡単な曲をいくつか記憶させるということで、非常にシンプルです。スピーカーの音は、基本的にPWM信号によって生成されます。一般的なおもちゃ向けのMCUには、特別なPWMハードウェアと内蔵アンプが組み込まれており、スピーカーを直接駆動することができます。
しかし、そのようなオルゴールは私たちが目指しているものではなく、それは音を流すだけで、完全にオルゴールの本質を見落としています。シリンダー機構が回り、音が流れることがオルゴールの魅力だと思います。この「回る」イメージは、オルゴールの精神を象徴しています。
さらに、インターネットで機械式オルゴールを調べ続けると、様々なメイカープロジェクトの資料が出てきます。以下のように分類されます。
木工に詳しいメイカーの作品
木工に詳しいメイカーは、多くの穴が開いている大きな木製の円筒を自作し、その円筒の異なる穴にダボを入れることを通じ、メロディーを作成するのが一般的なのです。さらに、鉄琴あるいは音叉に似た自作の鉄棒が櫛歯(振動板)の役割を果たします。つまり、手で円筒を回せると、ダボが櫛歯を叩き、音楽が流れるということです。
電子・電機に詳しいメイカーの作品
彼らのオルゴールは、一般的に多数のプッシュプル電磁石あるいはステッピングモーターと組み合わせ、撥弦機構を配置します。そして、アームや様々なギア構造を利用し、撥弦機構の力を櫛歯のほうに伝え、音楽を奏でるようにします。
しかし、それも私たちが作りたいものではありません。そのようなオルゴールはむしろパブリックアートとは言えるでしょう。なぜなら、コストを気にせず市販の部品を採用し(ステッピングモーターが高いよ!)、その上、完成品はほとんど机と同じくらいの大きさで、実際の使用状況や家でどう置くのかを全然考えられていないからです。
最初の概念実証は、オンライン購入の11音鉄琴を11個のプッシュプル電磁石で叩くものでした。当時、MCUはNordic 51822の台湾製モジュールを採用し、MCUの制御信号はBJTを通じ、増幅してから電磁石を駆動したのです。テスト全体が完了するまで約1週間かかりました。私はネットで「メリーさんのひつじ」というMIDI音楽を手に入れました。そのファイルサイズは大きくなかったため、私は直接プログラムに書き込み、それを読み取り再生することにしました。次のビデオは、当時私がスマホで録画した概念実証のビデオです。
概念実証の後、製品化に取り組む
言うは易く行うは難しですね。ファームウェアエンジニアである私は、このプロジェクトが始まった際に、実は機械構造を設計しようがなかったです。当時、私はエンジニアならではの空想に耽っていました。それは、私が制御プログラムさえ書けば、機械構造はきっと誰かが解決してくれるだろう、ということでした。(驚き!!)このような空想は数か月も続きましたが、ある日、兄が私の近況を見に家に訪れ、私の愚かな空想にショックを受け、そして私をさんざん叱責しました。
その後、私は現実に戻りました。手元のプログラムの作業を脇に置き、機構設計の事を専門家に任せるべきだと自覚しました。
まずは、オルゴール工場と連携開発について打ち合わせすることです。それは伝統オルゴールムーブメントの製造において40年の経験を持ち、台湾唯一のオルゴール工場です。機構の部分を該社に任せ、私はプログラムの開発に専念するだけならば、きっと意気投合し、製品が大成功でよく売れるだろうと期待していましたが。
残念ながら、期待外れでした。初対面の人と製品の連携開発をする会社があるわけがないでしょう。事実をしっかり認識し、機構設計の事は自分で手掛けるべきです。
自分の現状を他の人と比べたら、自分が「発明者」というカテゴリーに属するかもしれないと気付きました。私はわざわざ台北世界貿易センターで開催された発明者作品の展示会に参加し、発明者の先輩たちに発明はどのように実現するかを尋ねてみました。「なるほど。コンセプトからプロトタイプを作るために、発明者はデザインスタジオに頼むんだ」と、分かるようになりました。
コツを掴んだ後、オルゴールの機構設計に協力してくれるデザインスタジオを必死に探し始めました。が、「受託開発に一体どのくらいのお金をかけるつもりか?」という重要な初問題に直面しました。
実際のお見積書を例として挙げますが、こちらの機構設計費は68万元ですが、プロトタイプの製作が含まれておらず、しかも設計草稿は電子図面ファイルのみだと記載されています。図面ファイルを入手した後、七日間以内に検証しなければなりません。その後、使えるかどうかはデザインスタジオとは関係なく、時間になったら案件終了になるのです。しかし、製品開発とは、試行錯誤を繰り返すことによって問題点を見つけるもので、決して最初から完璧なわけがないというのがポイントです。契約書には、七日間以内にお支払い頂くようと記載されていますが、つまり実際に設計上の欠陥がまだ確認されていないうちに案件が終了になるということです。それに、技術相談の範囲や内容も定められていなかったため、「友好協力」として手伝ってくれるしかできなく、もし何か問題があった場合には頼りにならないおそれがあります。
今の視点から顧みると、もしオルゴールの機構設計をしっかりしようとすれば、設計料がNTD $100万だとしても全然高くはありません。しかし、このプロジェクトをデザインスタジオに任せても、きっと失敗するに違いありません。
発明者、あるいはコンセプトの発案者は、デザインスタジオは自分のように力を尽くし、時間を費やし、プロジェクトにじっくり取り組むだろうと思い込みがちですが、それは誤った思い込みなのです。私はこの間違いを何度も犯しました。要するに、もし自分がどうやって作るかが分からないとしたら、誰かに任せても作り出せないに違いないです。さらに、最終製品がどのような感じか、自分でさえ分からないとしたら、受託者はあなたの希望する製品が作れるわけがないではないでしょう。
安い費用につられ、最後に518外注マッチングサイトで見つけたフリーランサーに、2万元の報酬でオルゴール機構の設計開発を任せました。その過程はともかく、結局四か月も引き延ばし、全く動くはずのないものを作る始末でした。
当時、私はその方が作成した設計図面を持ち、生産してくれる工場をあちこち探し回しました。新北市樹林区にあるCNC工場での出来事は、非常に印象深いものでした。その工場で、ある技術部の女性社員は、私の東奔西走の様子を見て、私を彼女のパソコンの前に呼び、これらの部品が生産できない理由を親切に説明してくれました。その外注の機構デザイナーは、CNCは内側の角を直角(内側角Rがゼロ)にすることができないことでさえ知らないとは!!私のせいです。自分も知らなかったので、その方がダメだということを最初から知ってよかったのに、私のミスでした。
今回の過ちを糧にし、協力してくれる経験豊かなメカニカルエンジニアがいるといいを思い、私は再びデザインスタジオを探し始めました。この時、私はついに恩人に出会いました。彼が私をこの苦境から救い出しました。メカニカルエンジニアの廖氏は、私に真実を告げてくれました。
廖氏はこの案件を引き受けなかったにもかかわらず、あらゆる機構設計上のコツなどを無償で教えてくれました。私が尋ねれば、どのようにすれば実現できるかを教えてくれました。それに対し、私は廖氏に永遠に感謝しています。
廖氏のご協力のおかげで、電磁石で作った最初の試作品がついに実現されました。次のビデオでは、電流が流れると2つの金属板が互いに引き付けられることにより、櫛歯を叩くリズムが作られることを示しています。その後、この電磁石構造で櫛歯を叩くテストを行いました。
この件は私しかできないという事実をしっかり認識しました。そのため、私はFusion 360を独学で習得し始めました。廖氏の協力のもとで、一筆ずつ3Dモデリングを制作し、私の心の中のオルゴールを描いてきました。
これまでいくつかの工場やデザインスタジオと交渉した経験によると、プロトタイプ製作に非常にコストがかかるということが分かりました。したがって、 私が調べた末に、アメリカでコスパがトップではなかったがもっとも優れた品質だと評価されたLulzBot Miniという3Dプリンターを購入しました。すると、素早く試作し検証することができます。
最初から3Dプリンターを持つことが確かに必要なことだと分かるようになりました。各地のメイカースペースで3Dプリンターが利用できるかもしれませんが、私の経験から言うと、3Dプリンターは生きている「親友」のようで、仲良くしないといけないと思います。なぜなら、プリンターにはそれぞれ異なる性格があるからです。この部分が高すぎたり、その部分がスムーズに印刷できなかったりするかもしれないので、絶えず「遊び」続けてこそ、それぞれの特性に応じ潜在力を発掘することができるのです。例えば、ピカチュウの人形を印刷しようとすれば、あまり違いが見えないかもしれません。しかし、私のように公差の精度を0.1mm以内にする場合は、この機器を理解することが非常に重要になります。
機構設計がひと段落してくるにつれ、私は外観の設計について考え始めました。オルゴールにとって外観が非常に重要なものであり、エンジニアが作ったものではダメなので、外部の協力が必要なことを十分に知っています。そのため、最初は工芸工業デザイン専攻の学生を雇おうとしましたが、すぐに障壁にぶち当たり、ダメでした。実務経験不足のため、設計されたものを工場で生産することができなかったからです。その上、未来が見えなくストレス溜まりやすいスタートアップ企業では、仕事への情熱がなく生計を維持するために働く新卒者だとしたら、社風が合わなくすぐやめてしまうのです。
会社の人員配置を整えた後、工業デザイナーで構成されたデザインスタジオを探し始めました。知り合いの紹介で、やっと希望が見えてくるように協力パートナーを見つけました。
これで「苦が尽きて楽が来る」とは言えるでしょう。もちろんそうではありませんでした。なぜなら、この製品の開発があまりにも革新的であるし、デザインスタジオが機構部分を扱うことを恐れていたため、設計上ががんじがらめになっていたし、意思疎通も上手くいかなかったからです。同じ問題に再び直面しました。設計者・発明者である私の視点では、デザインスタジオが自分のようにプロジェクトに尽力するだろうと思い込みがちで、問題点を解決してくれるという実現しそうもない事を信じていました。しかし、工業デザイナーから「私はただの外注業者だ」と聞いたとたんに、私の心に描くオルゴールは自分の手でしか作れないということが、その一瞬で分かりました。
さんざん壁にぶち当たりながらも、外観のデザインがついに決定しました。デザインスタジオが提示してくれた提案の中から、三番目のもの(画像中のProposal C)を選び、それを元に細部の修正を続けることにしました。
ついに、完全な組み立てと全体機能のテストを行う時が訪れました。しかし、再び間違いを犯してしまいました。コスト削減のために、試作品の部品を全て3Dプリンターで製作しましたが、3Dプリントされたプラスチックは本物の製品に取って代わることができないのです。特に、オルゴールは「楽器」であり、見た目ばかりか材質もキーポイントです。最初に本物の製品と同じ材質で検証していなかった上に、最後に本物の金属材質に替えれば、全ての問題がなくなるという甘い考え方でした。しかし、実際には、本物の材質で作った試作品は、既存の問題が解決されたどろこか、かえって材料変更によりさらに多くの問題が生じました。「安く済ませないほうがいい事もあるんだ」と、最後にはとうとう痛感しました。
「全ての問題に遭遇したんじゃないか?」と思いきや、また「え!そんな…」となりがちです。例えば、ある困難な状況に遭遇したことがあります。新北市新店区にある電磁石コイルのサプライヤー工場が旧正月休みのため、特注品のコイルの納期が一か月以上遅れました。しかし、テストにはこの部品のみ欠けており、待ちきれない状況でした。仕方がなく、私はマグネットワイヤ工場から一キログラムのマグネットワイヤを購入し、自ら治具を作りコイルを巻くことにしました。自作が成功した後、このビデオを録画しました。2018年2月に私たちのページでこのDIYのビデオをアップしました。ファンとこの経験を共有したいと思います。
手に持っているオルゴールを見ながら、ムーブメントの隅々は様々な試練に耐えてきた経験の結晶であることを深く実感しました。最初は本当に甘すぎたため、ついこの道にハマってしまいました。それにもかかわらず、私はこの経験を皆さんと共有したいのです。特に、私と同じく手作り好きな趣味仲間と分かち合いたいと思います。
このオルゴールの奇妙な旅を通じ、製造産業の努力が分かってきました。台湾にとって欠けているのは技術ではなく、現状に甘んじない、落ち着かない心なのです。最後に、皆さんがMuro Boxを手に持ち、その美しさを楽しんでいる際に、この台湾で発明され、製作されたハイテクな工芸の結晶を誇りに思い、広めて頂けると嬉しく思います。
Muro Boxが台湾で初めて量産された経緯について興味のある方は、ぜひこちらの記事をご覧ください。
世界初のスマートオルゴール「Muro Box」の登場は、200年以上の歴史を持つオルゴール産業を根底から覆したと信じています。オルゴール愛好者が自由に編曲し、自由に曲を変えて聴くことを楽しんで頂ければいいと思います。そのため、クラウドを活用し、ユーザーが無限に曲をアップロードすることもできるし、アプリを通じプレイリストの内容と長さも作成できるし、自分だけの音楽との付き合いで楽しめます。私たちも世界中のオルゴール愛好者が楽曲の編集や創作を共有しようと呼びかけており、すると、皆さんは様々なジャンルの音楽がダウンロードでき、Muro Boxで聴くことができるようになります。アプリを設計した経緯に興味のある方は、ぜひこちらの記事をご覧ください。