Muro Boxのアプリの開発ストーリー
Muro Boxの機械的な見た目の裏に、実はアプリに注ぎ込んだ努力が隠されています。本記事では、私たちがゼロから世界初のスマートオルゴールの専用アプリを設計・開発するに至った経緯をご紹介いたします。
アプリ:最も重要であり、最も重要でない存在
最初からMuro Boxのアイデア発想は、専用アプリを備えたIoTオルゴールでしたが、実際には多くの起業家やコンサルタントから、アプリは最初に取り除くべき機能だとアドバイスされました。
なぜなら、アプリの開発費用が非常に高く、開発期間も長いからです。エンジニアの給料が高いことは言うまでもなく、iOSとAndroidのOSの違いにより、すべての作業に倍の時間とエネルギーが必要になります。それに加えて、スマホは常にバージョンアップが行われているため、アプリ開発が完了した後にもシステム保守の人件費と設備費を負担し続けなければなりません。
控えめに言うと、アプリがなければMuro Boxはただ曲を切り替えできるオルゴールにすぎませんが、それもお客様が最初に注目する機能なのです。つまり、アプリは付加価値を提供するものの、オルゴールのコアバリューではありません。コンサルタントからのアドバイスの通り、もし最小のコストで最も手頃な価格のオルゴールを作りたいのであれば、アプリは捨てるべきです。
ソフトウェアエンジニアとしての私(馮振祥)の視点が異なるし、伝統オルゴールの業者でもないかもしれないので、私にとって、アプリを通じて過去にはなかった新たな機能をどれだけ生み出せるか、というのがバリューだと思っています。コミュニティを通じて、アプリでオルゴールが生み出す感動をオルゴール愛好者と共有したいと思っています。
この純粋でロマンティックな情熱があるからこそ、私たちがすべての開発の苦労を背負い、最初から最後までアプリの開発を諦めることはありませんでした。しかし、参考にする対象でさえない状態で、どのようにゼロから世界初のスマートオルゴールの専用アプリを設計・開発すればよいのでしょうか?
Muro Boxアプリの要件定義
世界初のスマートオルゴール「Muro Box」が登場する前に、スマホアプリでオルゴールを制御することができませんでした。直感で操作しやすいアプリを開発するために、試行錯誤を繰り返し、ユーザーの利用習慣を分析しながら設計を改良してきました。
起業初期において、週に一回の定例ミーティングを開催し、チームの中のユーザーインターフェース(UI)デザイナー(黃書鴻さん)とバックエンドソフトウェアエンジニア(郭哲庭さん)と共に、アプリに必要な機能について話し合うようにしていました。
閉じこもってアプリ開発だけに集中してはいけないことも分かっています。ミーティング以外の時間には、Muro Boxのプロトタイプ開発とプロモーションの設計にも着目して取り組んでいました。プロモーションはプロトタイプと同じく重要なものです。なぜかというと、潜在顧客は実際の商品を手に取って見ることができなくても、宣材資料を通じて私たちの訴求を理解し、商品アンケートに回答してくれるからです。
コア機能に着目
最後に、リソースが限られていた状況で、まずアプリを以下のコア機能に対応させることにしました。自由に編曲、音楽のアップロード、プレイリストの編集、デフォルト再生時間のアラーム機能、及びアレンジャーに依頼して曲をカスタマイズするサービスです。
多くのユーザーの期待に反して、このアプリはプロの編曲ソフトウェアではなく、オルゴールのリモコンとして位置付けることを最初から決めていました。音楽理論の知識不足や開発の難しさのため、「自由に編曲」という機能が最も難しかったのです。こういう人材不足の状況では、これが現実の妥協点だったように思えるでしょう。
それでも、私たちはプロのアレンジャーに依頼して、アプリの企画や開発に協力していただき、さらにデジタル編曲コースの開講にも協力していただきました。それにより、編曲に興味のある方々が集まり、アプリの設計・開発において非常に役に立ちました。
アプリのロゴデザイン・カラー
イノベーション技術で伝統オルゴールに新たな命を吹き込むスマートオルゴール「Muro Box」は、画期的な発明だと信じています。そのため、テクノロジー感のある青色に新たな生命を象徴する緑色を加え合わせた中間色を、アプリのイメージカラーとして採用しました。
一方、アプリのロゴとして櫛歯(コーム)のイメージを採用しました。なぜなら、オルゴールで最も印象深い部品は櫛歯だと考える方が多いかと思うからです。それに、書鴻さんはMuro Boxのイニシャル「M」が櫛歯の形に似ていることに気付きました。それで、櫛歯の形をした「M」をアプリのロゴとしてデザインしました。このユニークなフォントは、Muro Boxのトレードマークにも使用されています。
潜在顧客を見つけるために努力したこと
潜在顧客を見つけ、商品開発のアンケート調査を実施するために、2017年から2018年にかけて、私たちは一連のオルゴールDIYレッスンコースとデジタル編曲コースを開講しました。この段階では、書鴻さんが私たちのチームのためにトレードマーク、チームユニフォーム、プロモーションポスターなどをデザインしてくれました。下図のポスターにはMuro Boxの初期デザインが載せています。書鴻さんの巧みなデザインのおかげで、私たちのプロトタイプは実物ほど人目を惹くものではなかったとしても、興味を持ってくださったお客様を惹きつけ、アンケート調査に協力していただくことができました。
期待していた顧客と現実のギャップ
当時、オルゴールDIYレッスンコースとデジタル編曲コースを開講しようとした理由は、スマートオルゴールのターゲット層はカスタマイズされたオルゴールの見た目や曲が好きな人だと思ったからです。しかし、その後、ほとんどのDIYレッスンコースの参加者はMuro Boxのターゲット層ではないことが分かりました。その理由を詳しく知りたい方は、ぜひこちらの記事「Muro Box-N20のデザインの経緯」をご覧ください。また、Muro Boxの初めてのクラウドファンディングで、プレオーダーしてサポートしてくださったデジタル編曲コースの参加者の皆様に、心より感謝申し上げます。
参加者のアレンジ過程から分かったこと
2017年から2018年にかけて、アプリ開発プロセスにおいて、デジタル編曲コースが何回も開講されました。私たちは無料の編曲ソフトウェアLMMSと市販のStudio Oneを利用して、デジタル編曲のスキルとツールを教えていました。また、アレンジャーを雇い、参加者に編曲の基本スキルを教えていただきました。幸いなことに、当時のコースには音楽初心者も音楽理論に詳しい編曲のベテランも集まっていたため、アプリで直面する操作の問題を直接知ることができました。したがって、アプリの編曲ツールにはどのような機能が必要かを適切に評価し、編曲ソフトを使ったことがあるかどうかに関わらず、誰でも簡単に音楽を創作しアップロードできるようにすることができます。
観察と修正の過程
編曲コースの休憩時間に、私たちはスマートオルゴールのアプリの機能を簡単に皆さんに紹介し、参加者にアンケートに回答していただき、アプリの設計に対するアドバイスなどをいただくと共に、コース満足度調査も行いました。コースの後、いただいた提案に基づきアプリ機能の設定を検討し、UIデザイナーの書鴻さんとバックエンドエンジニアの哲庭さんと共に、どのように修正すればよいかを思案するようにしていました。
観察による新たなターゲットオーディエンス(TA)の発見
音楽理論の基礎がない多くの初心者は、初めて編曲ソフトウェアを操作する際に、楽譜に従って正しい位置で音階をタップすることができないため、ただランダムに音階をタップして聴いてみるしかできない、ということが分かりました。そのため、私たちはアレンジャーにシンプルなパターンを使ってメロディーを作成する方法のデモを見せていただき、楽譜通りに入力しなかった場合に、ユーザーはどのように即興的に自分だけのオルゴールメロディーを作成すればよいかを実演していただきました。
その後、アレンジャーの偉立さんは、魚、ハート、笑顔の三つのパターンで構成される面白いメロディーを作り出しました。こちらのビデオをFacebookファンページに投稿したら、思いがけなく新たなターゲットオーディエンスが惹きつけられました。それは、簡単な方法でやり取りをして子供たちと一緒に音楽を楽しみたいと考えている教師や両親でした。
編曲のTAが求めているのはアプリではない
また、編曲の経験がある参加者は、パソコンまたはMIDIキーボードで音符を入力し、編曲ソフトウェアで作成したMIDIファイルを直接Muro Boxに送って演奏させたいと考えていることも判明しました。パソコンまたはMIDIキーボードはスマホの画面よりも大きいため、音階の位置やリズムを調整しやすいからです。
そのため、現在私たちの公式オンラインショップで販売されているMuro Box-N20は、二つのタイプがあります。一つが、プロのアレンジャーのニーズに対応するための設計で、MIDI入力端子を備えたタイプ(N20標準版)です。MIDI入力端子とUSB、パソコン、MIDIキーボードに接続する方法について、ぜひこちらの記事をご覧ください。
音楽鑑賞のTAが求めているのは豊富な音楽ライブラリ
また、もう一つはMIDI入力端子が搭載されていないタイプ-N20 Liteで、音楽をやっている人ではなく一般の方向けに設計されています。彼らが求めているのは、プロの編曲ソフトウェアまたは楽器でメロディーを自作することではなく、オルゴールライブラリーから音楽をダウンロードし、自分のプレイリストに保存することだからです。私たちは、世界最大のオルゴールコミュニティ「Music Box Maniacs」と連携しており、アプリのユーザーは、そのWebサイトへアクセスして無料で音楽を自分のMuro Boxにダウンロードすることができます。詳細な操作手順については、ぜひこちらの記事をご覧ください。
クラウドミュージックライブラリには、人気曲、最新曲ランキング、ジャンル別のカテゴリがあり、曲名、歌手名、映画/ゲームのタイトルなどをキーワードとして検索することができます。他のユーザーが公開で共有している音楽も直接検索できます。編曲することなく、良い音楽だけを自分のプレイリストに保存したいというユーザーにとってはかなり便利です。現在、私たちのアプリは繁体字/簡体字中国語、英語、日本語、ドイツ語と韓国語をサポートしています。英語と繁体字中国語のユーザーが最も多いため、この二つの言語でキーワードを入力すると、より多くの音楽を見つけることができます。
フィードバックに基づくアプリ新機能の開発
現在、アプリで曲をアップロードする方法の一つは、Muro BoxアプリのQRコードスキャナーを使って、音声ファイルが保存されたURLによって生成されたQRコードを読み取ることです。そうすると、アプリは自動的にその曲をスマートオルゴールにダウンロードします。
この方法は、お客様が自作したアレンジ曲の音声ファイルをMuro Boxと共に家族や友人にプレゼントするための便利な機能です。プレゼントを贈る前に、曲をWebサイトにアップロードし、QRコードに変換してカードに印刷します。この特別なプレゼントを受け取った方は、QRコードをスキャンすれば自分だけの音楽をダウンロードでき、Muro Boxがこの特別な思い出の曲を演奏するサプライズを楽しむことができます。
このようなプレゼントを贈る人にとって便利な音楽アップロード機能は、私たちの最初のアメリカのお客様、Eric Paulさんから発想を得て開発したものです。Eric Paulさんは娘のEmilyさんのために特別な思い出が詰まった結婚祝いのプレゼントを準備したいと考えており、ディズニー映画「ターザン」の主題歌「You’ll Be in My Heart」をMuro Boxで演奏できるように、私たちに編曲を依頼してきました。この曲は、父娘の共通の思い出を呼び起こすものだからです。この心温まるストーリーに興味のある方は、ぜひEmilyさんが書いたユーザーストーリーをご覧ください。
2年の開発を経てついにリリース
2019年5月に、台湾地域限定のベータ版アプリをリリースしました。この情報はMuro Boxのスポンサーの編曲グループのみで発表されました。当時、多くのユーザーから使ってみて発見した問題点や不具合を報告していただき、そのおかげで問題を速やかに特定して修正できたことに、心より感謝しております。最後に、2019年6月にアプリを正式版でリリースし、世界中のユーザーが無料でダウンロードできるようになりました。Muro Boxを購入されていないユーザーでも、App Storeで無料でアプリを見つけて曲をアレンジしてみて楽しむことができます。
アプリ開発は継続的で時間がかかる
正式版アプリがついにリリースされ、世界中のユーザーがダウンロードできるようになった時、私たちの息子(タコちゃん)はすでに生後11か月でした。彼はすべてのプロトタイプとアプリの開発プロセスを見守り、エンジニアたちとの毎週のミーティングに一緒に参加してくれました。タコちゃんがまだママのおなかにいる時からMuro Boxの開発を始めており、よく夜中の12時まで私たちと一緒に働き、終電で帰宅していました。2018年7月にタコちゃんが生まれて以来、明らかに機械の雑音がするバージョンから、2019年に音色がようやく基準に達したバージョンまで、彼はMuro Boxのプロトタイプでたくさんの曲を聴いてきました。
やり直しができるなら、Muro Boxにはまだアプリがあるのでしょうか?
Muro Boxのアプリがリリースされて以来、多くの人が「起業したい、アプリを作りたい」という思いを抱き、私に意見を求めてきています。そのたびに、私は熟考の上実行するようにアドバイスしています。アプリを使わなくても同じ目的を達成する方法があるはずです。
なぜなら、アプリはただのツールに過ぎず、直接収益を得ることもできないし、それに最も多くの費用も負担しないといけないからです。つまり、それは合理的な投資行動ではなく、最小のコストで速やかに市場検証を行うことができるツールを探した方が良いと思います。
Muro Boxを例にとると、編曲コースの後のお客様インタビューを通じて、編曲のターゲットオーディエンス(TA)が求めているのは、パソコン向けの音楽編集専門のソフトウェアであることが判明しました。これはスマホの小さな画面では実現できないものです。一方、オルゴールDIYコースの参加者といった単にアプリに惹きつけられたターゲットオーディエンスは、無料のデジタルシミュレーションオルゴール機能を求めており、実際のオルゴールを高額で購入する意欲は必ずしもありません。また、年配のお客様も、アプリの複雑な操作をすることに抵抗があり、ボタン一つだけでオルゴールをオンにしたり、前/次の曲に切り替えしたりできれば十分だと考えています。ですので、オルゴールに十分なハードウェア容量を確保することと、USBのように簡単に接続して自動的に音楽ファイルを読み込むことも求めています。アプリに接続して曲を切り替えするのが苦手なお客様のために、現在オルゴールにあるノブでオフライン再生プレイリストの曲が切り替え可能であり、それにMIDI入力端子がUSBを外部接続することもできるよう設計しました。オフラインプレイリストの設定方法について、こちらのマニュアルをご覧ください。
アプリは本当に一文にもならないのでしょうか?そうではないと思います。例えば、Muro Boxのアプリは曲の切り替えに大変に便利をもたらしたし、コメントや「いいね」機能は新たなオルゴールのコミュニティ運営モデルを生み出したのです。複雑な操作パネルをアプリに置き換えることで、オルゴールの見た目がよりシンプルになり、画面やボタンのないデザインにすることで、まるで電子製品ではないかのような錯覚も与えます。
もちろん、もっと上手くやれる方法もありますが、それはアプリの開発を後回しにすることです。そうすれば、当初はまだオルゴールの機構設計の困難を克服していた私たちが、世界初の簡単に曲が切り替えできるオルゴールの開発に精力やリソースを傾けることができます。そして、安定した量産へ移行できた際に、アプリの設計・開発に着手します。
いずれにせよ、私たちがすべての開発の苦労を背負い、最初から最後までアプリの開発を諦めることはありませんでした。もしやり直すことができるなら、Muro Boxにはやはりアプリがあるでしょう。
オルゴールは私たちの共通の思い出
こちらのビデオには、息子のタコちゃんがスマートオルゴールMuro Boxで、妻の蔡筱晨が息子のためにアレンジャーさんに依頼して作曲された曲を聴いている様子が記録されています。この曲は、妻が妊娠中に書いた日記の内容をもとに、偉立さんが作成したメロディです。この日記は出産予定日の1か月前に書かれたもので、タイトルは「親愛なるベビーへの手紙」となっています。その後、このタイトルで曲名を「Letter for My Baby」と名付けることにしました。この曲は、私たちの公式N20無料プレイリストで公開されており、Muro Boxアプリで検索することができます。皆さんがこの曲を聴くたびに、温かい愛と祝福を感じていただければ幸いです。
現在、スマートオルゴールは私たちの家宝となっています。毎回ノブを回してMuro Boxの演奏を聴くたびに、素敵な思い出が次々と浮かび上がってきて、子供たちと共有できる過去の出来事を思い起こさせてくれます。これから、Muro Boxのユーザーも私たちと同じように、オルゴールをオンにした瞬間にたくさんの美しい思い出が呼び起こされればいいと思います。
今はもう目覚まし時計として指定時刻に演奏するオルゴールなしでは生きていけない、というお客様からの声をたくさんいただいております。お客様も私たちと同じようにスマートオルゴールを愛用していただき、マイプレイリストを毎日聴くことに慣れていて平凡な日常生活に楽しさを加えていただけることを、とても光栄に思っています。オルゴールのスケジュール再生機能を設定する方法について、こちらのマニュアルをご覧ください。
次の記事「Muro Boxの初量産について」では、スマートオルゴールを初めて生産する際に直面した様々な挑戦や、それらの難題をどのように乗り越えたか、そして台湾製のスマートオルゴールを正式に出荷し、世界中からの注文を受け入れる準備が整った経緯を、皆さんと共有したいと思います。