オルゴールの魂-櫛歯

(UPDATE: 2024/09)

オルゴールの魂は櫛歯にあります。その素材、厚さ、形状、加工方法などの細部が、すべて最終的に生み出される音色に影響を与えるからです。

本記事では、オルゴールのメロディーの特徴とダンパーの設計の関連性、そして櫛歯の耐久性と音質を最適化するために実験に取り組んでいる過程について、詳しくご紹介します。最初に2018年に開発した20音のN20スマートオルゴールから、2023年に開発した40音のN40スマートオルゴールに至るまで、その櫛歯の設計は進化し続けており、より多くのプロのミュージシャンや高級オルゴールのコレクターの期待に応えています。

オルゴールの特徴と制約

オルゴールの特徴の一つは、通常メロディーが柔らかく、緩やかであることです。その理由を考えたことはありますか?雰囲気を醸し出すためにメロディーを緩めているのでしょうか?

本当の理由は、オルゴールの櫛歯には構造上の制約があり、同じ音を連続して弾くと鋭い金属打撃音が発生するため、連続音を素早く叩くことには適していないからだと思います。そのため、曲に連続した音のメロディーがあり、編曲によって調整できない場合は、曲のテンポを緩やかにし、メロディーをオルゴールに収めようとするしかありません。

以下は、オルゴールが同じ音を連続して弾くテストを行っている動画です。動画内のメロディーのテンポは速くないものの、ダンパーが付いてないほうでは明らかに雑音が聞こえます。これを連続ノイズとと呼びます。

ダンパーの用途

オルゴールの連続ノイズは、次の音が鳴る際に金属部分が振動している櫛歯に接触することによって、金属打撃音が発生します。

ダンパーの役割は、次の音が始まる前に、柔らかい板バネを緩衝材として櫛歯の振動を止め、鋭い打撃音を消すことです。多くの楽器には、このような状況に対処するために特別な設計が施されています。

例えば、ピアノはダンパーペダル(Damper Pedal)を用い、鍵盤を弾いた後の振動時間(音の保持時間)を調整し、音を柔らかく切ります。一方、オルゴールは櫛歯の裏側に付いている「ダンパー」で前の音を止めます。

しかし、オルゴールはサイズが小さいため、そのダンパー設計に対する完璧な解決策はまだありません。楽器のサスティーン制御装置に興味のある方は、ぜひ以下の英語の動画をご覧ください。ピアノにあるダンパーの設計が、どうように鍵盤を弾いた後の音の余韻をコントロールするかを解説しています。

ダンパーの制約

ダンパーは連続ノイズの問題を解決できるのであれば、なぜオルゴールのテンポにはまだ制限があるのでしょうか?それは、オルゴールにあるダンパーの効果が限られているからです。例えば、元々は二秒以内に連続音が鳴ると雑音が発生していましたが、改善された結果、一秒以内に連続音が鳴ると雑音が出るようになりました。しかし、編曲という点から見ると、これはまだ十分ではありません。

その上、ダンパーには摩耗の問題もあります。ムーブメントにおいて最も壊れやすい部品はダンパーです。日本Sankyoのダンパーが付いている紙巻きオルゴールは、公称寿命が約400時間しかなく、その後はダンパーの磨耗により品質が低下します。

以下は、スイスのNICOLE FRÈRESブランドの櫛歯に付いているダンパーのアップ写真(先端の金属ワイヤー)です。このダンパーは金属製で、写真には多くのダンパーが変形している様子が見られます。オルゴールのダンパー設計において、耐久性は大きな課題となっています。

連続して叩くと発生するノイズは、オルゴールを設計しようとするすべての人が必ず直面する問題です。

スイスのNICOLE FRÈRESブランドのオルゴールの櫛歯に付いているダンパー。
スイスのNICOLE FRÈRESブランドのオルゴールの櫛歯に付いているダンパー。

ダンパーを使わないノイズの解決策

それでは、ダンパーを使わずに他の解決策はないのでしょうか?あると思います。例えば、コストはさておき、大型のオルゴールにはダブルディスク/ダブル櫛歯の設計がよく見られますが、その一部の理由はこの問題を解決するためだと思います。大型の高級オルゴールがダブル櫛歯で演奏する音響効果に興味のある方は、ぜひ以下の動画をご覧ください。

一般的には、ダブル櫛歯を使用して音量を増幅させると認識されていますが、実際にはそれだけではありません。私の認識では、ダブル櫛歯の設計の目的は、連続音と装飾音(サブライムハーモニー、sublime harmony)の二つです。

連続音のために設計された理由は、同じ音符を異なる位置から鳴らすことができるようにするためであり、連続音の際に振動している同じ金属の歯を連打する問題が解決され、異なる位置を交互に叩くことで対応できるからです。

Muro Boxはこのような設計を取り入れることが可能ですが、最終的には採用しておりません。単純にコストの問題です。この開発については多くのお客様からご要望をいただいており、もし今後機会があれば実行したいと思います。どうぞご期待ください!

装飾音(サブライム・ハーモニー)

一方、装飾音は特殊な音色効果を高めるために設計されたものです。複数の櫛歯が搭載されている最高級のオルゴールでは、荘厳で厳かな「ブーン」という響きがよく聞こえ、行き来する音が揺らぐように感じられます。これは共鳴箱が大きくて音響効果が良いだけではなく、主な理由は複数の櫛歯を持つため、オルゴールは同じ音符で周波数がわずかにずれている二つの音を同時に鳴らすことができるからです。

具体的に言うと、14セント(100 cents = 1 semitone)離れている二つの音を同時に鳴らします。興味のある方はぜひ以下の動画をご覧ください。私たちが発売するN40サブライム版も同じ設計を採用しており、本記事でもその設計について詳しくご説明します。(N40サブライム版のお客様、Siegfried Pattynさんがご提供くださった情報に感謝しております。ベルギー出身のこのお客様がなぜオルゴールの構造に関する専門的知識を共有できるのかについて興味のある方は、ぜひ彼が書いたストーリーをご覧ください。)

Muro Boxは特製櫛歯を採用

Muro Boxが採用している櫛歯は、実際には協櫻が生産したSankyoブランドの20音紙巻きオルゴールの櫛歯を基に、自社で独自に改良・アップグレードした特製バージョンです。主な改良点は二つあり、同音連打によるノイズを解決するためのダンパーと、N40の調律に関する真鍮製おもり(チューニング・ウエイト)の設計です。

櫛歯の開発において、私たちは長年にわたり努力と心血を注いできました。本記事では、この小さな櫛歯をめぐるさまざまな出来事を記録しています。

(注:本記事は2024年9月に更新され、N40の開発による櫛歯の変更が含まれています。)

Sankyo-オルゴールの櫛歯に付いているダンパーのアップ写真。
Sankyo-オルゴールの櫛歯に付いているダンパーのアップ写真です。プラスチック素材で、接着剤で振動板の先端に貼り付けられています。伝統的なオルゴールには適用可能ですが、耐久性が不足しているため、Muro Boxでは使用されていません。

Muro Box 振動板の開発ストーリー

では、オルゴールにおける連打の速度制限の話に戻します。設計の初期段階で、私たちはアレンジャーに意見やアドバイスを求め、同音連打の速度を1秒間に4拍という基準を設けました。つまり、1秒間に同じ音を4回連続で叩くということです。

この速度はオルゴールでヘビーメタルを再生するには不十分ですが、一般的なポップソングには十分な余裕があります。多くのお客様からもっと速度を上げてほしいというご要望をいただいておりますが、1秒4拍でノイズを出さないように実現することは、私たちにとってすでに大きな挑戦です。当初、この基準を満たす難しさが分かっていませんでした。そうでなければ、開発をよりスムーズに行えるようにもっと低い基準を設定してよかったですね。

しかし、もう後戻りはできません。連続音によるノイズは多大な影響を与え、オルゴールの体験を大きく損ないます。聴き手にとっては、オルゴールの機械故障による雑音だと誤解されることさえあります。

以下の動画は、初期のプロトタイプで演奏する音質を記録したものです。この動画では、まだSankyoの規格品のプラスチック製ダンパーが使用されており、同音連打によるノイズを解決するためのダンパーは再設計されていませんでした。

開発の初期段階において、ノイズが生じる部品が数えきれないほど多く、そのノイズがほかの構造上の欠陥によるものだと誤判断してしまい、優先的に対処していませんでした。開発が進んで量産に入れば、生産部品の精度がさらに向上し、問題は自然に解消されるだろうと甘く考えていました。しかし残念ながら、最終的に製品が量産されて出荷段階に近づくまで、それが大間違いだと気がつきました。

絶望的な事実ですね。プログラム可能なオルゴールを動かすだけでもこれほど難しいのに、櫛歯まで再設計が必要とは?櫛歯は二百年間変わらない成熟した設計ではないのでしょうか?しかし、このノイズを改善しないと、オルゴールの曲の再生速度を落とし、百年前の基準に戻さなければならないのでしょうか?

Muro Box がダンパーの問題を解決する過程

私たちの振動板は、Sankyoの紙巻きオルゴールを基に設計を始めたため、最初から元のダンパー設計では私たちのニーズに応えられないことを理解していました。当初、プラスチック製ダンパーの形状や厚さを少し変更し、吸震効果を強化しようとしましたが、この方法はすぐに無理だと分かりました。もし可能であれば、最初から振動板はそう設計していたはずです。

考え直してみると、従来のダンパーのPET素材では吸震性能が不足しているのであれば、素材を変更して吸震効果を向上させれば良いのではないでしょうか?しかし、素材を変更すると、またサプライヤーを探し、サンプルテストを行わなければなりません。

当時、ある型抜きメーカーの協力を得て、金型を開き、さまざまなプラスチック素材に対してテストをしました。PVC、マイラー、PCなど、彼らの工場のあらゆる素材を使い尽くし、必死にテストに取り組んでいました。しかし、破損、磨耗、変形、接着不良など、さまざまな問題に直面しました。ノイズ問題を解決するどころか、元よりも悪化してしまいました。先人たちの研究成果を信じざるを得ず、結局元のPET素材を使うことに戻りました。

初めての大失敗

数え切れない日々を経て、駆けずり回り、苦しみ悩んだ末、ついにオルゴールは初めての正式な出荷日を迎えました。(注:この話は、2018年の初めてのzeczecクラウドファンディング時に起こったものです)。しかし不幸なことに、数日後、櫛歯のダンパーに大問題が発生しました。最初のお客様から、わずか数日で使用しただけでダンパーは櫛歯から外れたとの報告がありました。私たちが使用しているPET固定用接着剤は、やはり音楽プレーヤーのような長時間使用の基準を満たすことができませんでした。

ただちに製品の出荷を停止し、オルゴールのストレステストを再実施し、品質問題を改善することにしました。私たちは、連続16日間、毎日24時間演奏することを新たな合格基準として設定しました。これは協櫻会社からの実験実施日数のアドバイスです。

私たちは果てしないテストの道を歩み始めました。瞬間接着剤、エポキシ系接着剤、UV接着剤など、さまざまな工業用接着剤でテストをしました。しかし、オルゴールの櫛歯の条件はあまりにも厳しいものです。接触面積が小さく、長時間の振動と摩擦にさらし、そして瞬間的な叩く力にも耐えなければなりません。それに、これは最も難しいプラスチックと金属の異種材料接合です。結局、どの方法も失敗しました。

チーム全体が落胆ムードに包まれました。本当につらすぎるものでした。何年もの困難や挫折に直面しましたが、まさか、最後の最後まで勘弁してくれないとは?

金属ダンパー、ゼロからの再出発

ここまで数カ月間、日本のSankyoブランドのオリジナルダンパーの設計を基に、さまざまなダンパーの素材や仕様をテストしてきましたが、私たちが設定した品質基準にはなかなか達しませんでした。そこで、既存の枠組みから脱却しなければ問題を解決できないことが分かりました。そのため、既存の設計をすべて捨て、新たな解決策を考え出すことにしました。

協櫻の生産ラインオペレーターは櫛歯を調律しています。
全ての櫛歯は、丁寧に調律・調整されています。
世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-金属ダンパーのテスト。
写真では、折り曲げの角度をテストするために、金属製のダンパーを櫛歯の先端に貼り付けています。

従来のダンパー設計を完全に捨て去ったため、参考資料が全然なく、できることはテスト、テスト、再テストしかありませんでした。私はさまざまな素材に対して必死にテストを繰り返しました。ステンレス鋼、炭素鋼、黄銅(真鍮)、銅、青銅、ベリリウム銅、チタン合金、さらに各種めっきの組み合わせまでも、さんざん試しました。以前の博士課程での研究トレーニングは、もしかしたら今日のためだったのかもしれないと、よく思っています。

ほかの人たちが私を見ている視線が次第に変になっていくのが感じられます。彼らはこの小さなダンパーとオルゴールに一体何の関係があるのか理解できていないからです。半年が経ちましたが、床に積まれている金属廃材が山ほどあり、私が何を作ろうとしているのかを、彼らはさっぱり分かっていません。

完璧でなくても、進める力になる

半年が経ちましたが、不良率は依然として非常に高いものの、私たちは同音連打によるノイズを排除しながら耐久性も維持できるダンパーの素材と組み立て方法の組み合わせをついに見つけました。櫛歯は原因不明の異音がすることも多いですが、選別によって不良品を取り除き、なんとか品質と歩留まりの妥協点に達することができました。

世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-櫛歯の裏側には、各音階の先端に薄いダンパーが貼り付けられています。
Muro Box N20オルゴールの櫛歯の裏側には、各音階の先端に薄いステンレス製のダンパーが貼り付けられており、さまざまな耐久テストや音質試験を通過しています。

ゼロからの再出発

現在、当社ではオルゴールの組み立てとその部品の生産/加工を担当している正社員が三名います。写真の一番右にいるのは、最も経験豊富な品質管理担当の蔡さんで、彼は組み立てられたオルゴールの音質が基準を満たしているかを確認し、問題のある部品の調整を行っています。
現在、当社ではオルゴールの組み立てとその部品の生産/加工を担当している正社員が三名います。写真の一番右にいるのは、最も経験豊富な品質管理担当の蔡さんで、彼は組み立てられたオルゴールの音質が基準を満たしているかを確認し、問題のある部品の調整を行っています。

時計の針を2024年初に戻します。N40の開発のために櫛歯の調整を行った結果、まさかダンパーの問題が再燃するとは思いませんでした。

以前は不良率が高くても、選別によって対応できていました。しかし、N40モデルでは真鍮製おもりの新設計により重量が変わり、さらに一台のオルゴールに二枚か四枚の櫛歯が搭載されているため、全体の組立不良率が異常に高くなり、手直しでは問題が解決できなくなってしまいました。

問題の根源は、櫛歯の設計に対する理解不足でした。これまで数年間にわたるお客様からのフィードバックを通じて、私たちはようやく良い音とはどうあるべきかを理解してきましたが、N40モデルの出荷時にその問題が一気に表面化しました。N40の販売価格では音質への妥協は許されなかったため、私たちは振動板の品質が基準に達せず、手直しの無限ループになり、出荷もできないという苦境に陥ってしまいました。

ダンパー設計の再検討

仕方なく、私は再び生産の最前線に戻りました。この三カ月間、私は組み立ての無限ループに陥り、ダンパーを取り外してから再組み立て、そして取り外すという作業を繰り返しました。問題がどこにあるのか分からず、同じように見えるのに、なぜこの櫛歯だけが雑音がするのでしょうか?できることといえば、ひたすら組み立てを繰り返し、雑音の発生パターンを見つけ、隠れた手がかりを探すことだけでした。

しかし、出荷できない状況があまりにも深刻で、心が折れそうになるほどでした。社員たちは、出荷に関する話題を互いに避けるという暗黙の了解を作りました。私が帰宅せず会社に寝泊まりしていることを知っているため、これ以上私にプレッシャーをかけたくないと思っているからです。

この問題がどうしても解決できないので、私は一度、出荷基準を下げることを考えました。というのも、このノイズ問題は、一般人にはブラインドテストをしても聞き分けられないレベルだからです。私たちが言わなければ、たぶん何の問題も発生しないだろうと思っていました。しかし、まさか品質管理担当者が出荷を拒否する行動に出るとは思いませんでした。彼の頑なな態度に対し、私は笑っていいのか泣いていいのか分かりませんでした。仕方なく、頭を下げて引き続き解決策を模索するしかありませんでした。

ダンパー問題の説明

私たちが直面しているのは、ダンパーにおけるジレンマ (Dilemma)です。すなわち、吸震効果を向上させるとダンパー自体が雑音を引き起こし、逆に雑音を減らそうとすると、十分な吸震効果が得られなくなるという問題です。

私たちの設計では、金属製の板バネをシリンダーにあるピンと接触する際の緩衝材として使用しています。その「吸震効果」の大きさは、先端の開口部の大きさによって決まります。 開口部が大きければ、板バネが変形できるスペースが増え、より多くの衝撃を吸収できるのです。

しかし、開口部が大きすぎると、板バネの先端と櫛歯の先端との相対位置を制御することが難しくなり、雑音が発生してしまいます。

簡単に言うと、ダンパーが突き出しすぎると櫛歯が長くなり、音も大きくなるという問題が発生します。この場合、音が大きく聞こえるだけで、まだ雑音レベルには達していません。一方、突き出す位置が浅すぎると、ピンがまずダンパーを叩き、その後再び櫛歯を叩くことになります。この「二回叩き」の場合、明らかな異音が発生し、これはどうしても受け入れられません。

これらはすべて櫛歯の先端0.1mmの範囲内で起こっています。わずかな異音ですが、甘く見てはいけません。人間の聴覚は視覚よりもはるかに敏感で、この0.1mmの違いを聴き分けることができるからです。

世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-特許ダンパーの見取り図。
Muro Boxのダンパーの見取り図です。金属ダンパーと振動板の先端の間には、シリンダーのピンからの衝撃を吸収するためのクッションパッドが挟まれています。

去に試みた解決策

以前、私たちはダンパーの位置をスイートスポット(sweet spot)に正確に制御する方法に悩んでいました。一台のN40サブライム版には44個の音にダンパーが取り付けられており、1つの音の不良率が1/10であれば、全体を組み立てた際の成功する確率は (9/10)^44 = 0.00969 で、つまり1%未満の成功確率ということになります。この確率はあまりにも低すぎるため、私たちは手直しの無限ループに陥り、非常に厳しい状況に直面していました。

備考:N40サブライム版は20音の櫛歯を4枚使用しており、合計80本の櫛歯の歯があります。各櫛歯には低音部の11個の音にのみダンパーを取り付けるスペースがあるため、高音部には取り付けられていません。そのため、一台のN40サブライム版には 11*4 = 44枚のダンパーが装着されています。

ダンパーの最終的な解決方法

これが最終的な解決方法です。私たちはダンパーの構造を修正し、ダンパー自体が引き起こす雑音を抑制しています。
これが最終的な解決方法です。私たちはダンパーの構造を修正し、ダンパー自体が引き起こす雑音を抑制しています。

鍵となるのは、これまでこだわっていた点を手放すことです。位置の制御がすでに限界に達した以上、これ以上はこだわらず、諦めましょう。その代わりに、異音の別の原因に注目し、それを解決することにしました。つまり、「二回叩き」という問題です。

もし、二回叩くことが問題であれば、それを一回だけにすれば良いのです。ダンパーの形状を工夫し、櫛歯への二回目の叩きを「不可能」にするのが解決策ではないでしょうか?

簡単に言うと、ダンパーの先端を反らせ、振動板の先端を「包み込む」ようにすることです。そうすれば、振動板が直接ピンと接触することは完全になくなり、常にダンパーを介して接触するようになります。

解決策を見出す経緯

皆さんには、私たちが直面した問題から一歩一歩解決策にたどり着いた、という思考プロセスは非常に論理的だと思われるかもしれません。しかし、実際はそうではなく、この解決策は偶然に発見されたのです。

実際のところ、私たちは何度も失敗を繰り返し、手直しの無限ループに陥り、生産部のメンバーはほとんど崩壊寸前でした。そんな中、当社の金属プレス部品のサプライヤーである荃盛興業の王社長が、「根本から問題を解決する必要がある」とアドバイスしてくれました。したがって、私たちはダンパーの金型を修正し、新しいテストを始めました。最初にテストしたのは、こちらの写真にあるように、古典的なオルゴールのアーチ型スチールワイヤーの設計を模倣したものでした。しかし、この設計が失敗した理由は、ダンパーが衝撃を受けた後に自ら振動して音を発してしまうこと、さらに金属片だけでは十分な吸震効果が得られなかったことです。

「古典的なオルゴールのアーチ型スチールワイヤー」を模倣したダンパーの設計。
こちらは、Muro Box-N40スマートオルゴールのダンパーを修正するテストの一つです。「古典的なオルゴールのアーチ型スチールワイヤー」を模倣したダンパー設計を試しました。このテストは失敗しましたが、実はオリジナルの設計の方が成功に近かったことをより強く認識させられました。

この失敗を通じて、私たちのオリジナル設計の方が実は成功に近かったことを認識させられました。そこで、解決策として、オリジナルの設計を基に、先端を小さな曲げ角度で曲げ、ピンがダンパーに沿って振動板まで「スムーズに滑る」ようにすることを提案しました。そうすれば、二回目の打撃音を和らげることができると考えました。

ところが、王社長は私の説明を理解せず、逆方向に曲げてしまい、先端をほぼ垂直に折り曲げたため、ピンが振動板に直接当たる結果になってしまいました。テストの結果は予想通り、以前よりも悪化し、打撃音が音楽を掻き消すほどになり、聴くに堪えない状態でした。

今回はテスト用の金型制作に多大な費用がかかっているため、その結果に私は一時呆然としてしまいました。しかし、解決策を明らかにするまでは諦めたくありませんでした。ただ「失敗した」と一言で終わらせるわけにはいきませんでした。納得のいく解決策を見出し、王社長に説明しなければならないという姿勢で、新しいサンプルを見ながら苦境を打ち破る方法はないかと思案しました。ようやく、これまで何度も繰り返し検証してきた結果が頭に浮かびました。「解決策は、不可能だと思われる方法の中に隠れがちだ」ということです。すでにこのような形になったのだから、いっそダンパーをもう少し突き出させて、振動板を包み込むようにしてはどうだろうか?と考えました。

まさか、この間違った曲げ角度が、まったく新しい考え方をもたらしてくれるとは思いませんでした。最終的に、振動板を包み込むこのダンパーの設計は、失敗した試みから偶然に発見された解決策だったのです。

新モデルN40における振動板の設計変更

N40の櫛歯の設計変更は、主に二つに分かれています。音階の選定と、真鍮製おもりの設計です。

音階の選定においては、従来の30音紙巻きオルゴールの編曲がそのままN40で使用できるよう、不連続な音階を選定しました。また、低音域をより美しく豊かにするため、櫛歯におもりを取り付けました。

N40の【サブライム版】と【標準版】の最大の違いは、どちらも40個の音を持っているものの、サブライム版は櫛歯の歯が80本あり、演奏時に生じる「sublime効果」がその最大の特徴です。では、その原理とは一体何なのでしょうか?

ここでは、N40振動板における特殊な設計の開発プロセスを公開します。

Sublime Harmonyのデザインがあるかどうかを確認し、オルゴールの演奏がどのように違って聞こえるか、ぜひ体験してみてください!

以下の動画では、同じ曲「大きな古時計」を使用して、3種類のオルゴールの音質を比較しています。最初に登場するのはN40 サブライム版オルゴール、次に登場するのはN40標準版オルゴール、最後もN20標準版です。
各モデルの完全な比較については、「私にぴったりのオルゴールは」をご覧ください。

N40には新しい振動板を開発する必要があるのか?

まず、「サブライム・ハーモニー(Sublime Harmony)」というコンセプトを教えてくださったSiegfried Pattynさんに感謝申し上げます。サブライムハーモニーの原理を簡単に説明すると、わずかに周波数がずれた二つの音を重ね合わせることで、音の波形が互いに加算・減算される物理的特性により、ハーモニーの音量が周波数差に応じて大きくなったり小さくなったりします。これにより、音が揺れているかのような錯覚が生まれるのです。

最初にこの話を聞いたとき、私たちはその原理が全く理解できず、なぜ-14セントで音が揺れる効果が出るのか疑問に思っていました。そのため、最初はこのコンセプトを心に留めておくだけで、採用することはありませんでした。

当初のN40の計画では、実は協櫻に、長さ12センチで一枚で40音に対応できる櫛歯の開発を依頼する予定でした。もちろん、シリンダーも再開発する必要があります。

しかし、よく考えてみると、ふと閃きました。現行のN20のシリンダー設計に、二枚の振動板を反対に取り付けることで、現行の櫛歯とシリンダーの機構をそのまま使いながら、サブライムハーモニーの配置も実現できるようになります。そうすれば、12センチの櫛歯を再開発する必要がなくなるのではないでしょうか?

世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-N40サブライム版。
世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-N40サブライム版。

櫛歯を再開発すると、音質は向上するのか?

振動板の長さによる音の違いはどうでしょうか?12センチの振動板は、二枚の6センチの振動板よりも優れているのでしょうか?私の結論は、櫛歯の全幅は音に影響を与える重要な要素ではなく、各音の櫛歯の歯の形こそが音の特徴にとって決定的な鍵であるということです。

Muro Boxの櫛歯は、元々三協の20音紙巻きオルゴールに採用されていたため、Muro Boxの音の特徴は比較的厚みがあります:
1. 穴のあいた紙の穴位置に合わせるため、櫛歯の歯は幅が広く(3mm)設計されています。
2. 元々の設計では、追加の鉛のおもりを付けないことを目標としているため、櫛歯の歯は重量を増すために意図的に厚く設計され、根元部分は薄く削られています。

そのため、同じく三協の振動板ですが、広い音域のオルゴールにはこれらの制約がないため、通常は櫛歯の歯の幅が狭く、歯の根元が比較的厚く設計されており、音の特徴はより高く鋭いということです。

ついに、櫛歯の音色特徴の原理を十分に理解した後、12センチの40音の振動板を再開発することにこだわらなくなりました。機構上の制約から、各音の歯の間隔は3mmのままで変更できず、さらに協櫻では現在、櫛歯に鉛のおもりが使用できないため、櫛歯の歯の厚さも大きく変わることはありません。これらの二点が変わらない限り、二枚の短い櫛歯と一枚の長い櫛歯の音色効果はほぼ同じになります。

音階を下げる方法は二つあります。一つは、櫛歯の先端におもりを取り付けることです(伝統的なオルゴールで使用される鉛のおもり (Lead Weights) のように)。もう一つは、櫛歯の根元を薄く削ることです。
音階を下げる方法は二つあります。一つは、櫛歯の先端におもりを取り付けることです(伝統的なオルゴールで使用される鉛のおもり (Lead Weights) のように)。もう一つは、櫛歯の根元を薄く削ることです。

最終選定:複数の櫛歯プラン

複数の櫛歯を持つオルゴールはめったに見られないため、まず私たちが考えたのは、なぜ既存のオルゴールはこの設計を採用していないのか、ということです。

複数の櫛歯の配置は実は一般的なものです。しかし、通常は価格が高いため流動性が低く、市場ではあまり見かけないのです。例えば、こちらの写真にあるのは、台中の台湾現代ミュージックベル博物館に所蔵されているもので、二つの50音階のベースから構成される100音オルゴールです。これを見れば、サブライムハーモニーのために作られた設計だとすぐにわかるでしょう。このオルゴールの価格は11万台湾ドル(約JPY $50万)です。(為替レート:NTD $1=JPY $4.58)

開発の難易度とリスクを考慮した結果、私たちは現行のN20オルゴールの振動板を出発点として、サブライムハーモニーの効果を中心に新モデルN40を設計することに決めました。

二つの50音階のベースから構成される100音オルゴール。
二つの50音階のベースから構成される100音オルゴールです。二つのベースの下には、両方のベースを連動させる機構が隠されており、そのうちの一台のベースだけがゼンマイを巻き上げることが可能ですが、同時に両方のシリンダーを等速で回転させることができます。これは間違いなくサブライムハーモニーのために作られた設計です。

N40標準版の音階設計:不連続のF3~C7

音階の設計については、実はさまざまなプランを提案しました。例えば、下図は設計初期にお客様に投票していただいた際に提示した選択肢です。

当初は、Muro Box-N40(0)を音階の選定として考えていましたが、市場に既存の30音オルゴールの曲(Music Box Maniacsが最大のミュージックライブラリ)に対応する必要性を考慮し、最終的にはMuro Box-N40(1)を採用することにしました。

Muro Box N40、紙巻きオルゴール、Muro Box N20の音階比較。

音階の特徴は、D4からC7までの各全音と半音が連続して含まれている一方、低音部のF3からC4までは不連続で、一部の半音が省略されています。

40音オルゴールは広範囲の半音を持っているため、ほかの曲をカバーする際に全曲をより忠実に再現できるだけでなく、自作の作曲においてもより多くの選択肢があります。メロディーや和音の応用においても、利用可能な音が拡張されています。しかし、40音でも限界があるため、音階の設計では、ハ長調(Cメジャー)とイ短調(Aマイナー)を基に、オルゴールの編曲に最も適した音階を選定しました。この二つの調は数字譜で最も頻繁に使われる調であり、初心者にも非常に優しいです。

もちろん、40音オルゴールで他の調の曲を作ることも可能です。低音部にない音は他の音域で補うことができます。

世界初の編曲可能なスマートオルゴールMuro Box-N40-音階の選定。

N40櫛歯の音階は、順に並べるのではなく、交錯配置である

ご存じでしょうか?N40【標準版】の二枚の櫛歯や【サブライム版】の四枚の櫛歯は、その音階が交錯して配置されていますよ!左側は低音部Fa(ファ)から始まり、次の音である低音部Sol(ソ)は右側の櫛歯に配置されます。このようにして、N40の40個の音は交錯して並べられており、一般的な鍵盤楽器のように順に並べられているわけではありません。

このような配置は必ずしも厳密な規定ではありませんが、調律には最も適した方法であり、生産時において最適な配置方法でもあります。

以下のアニメーションをご覧ください。「音階の交錯配置」の実際の状況を示しています:

世界初の編曲可能なスマートオルゴール Muro Box-N40-音階の交錯配置デモ。
音の順番246810121416182022242628303234363840
音名G2B2D3E3F#3G#3A#3C4D4E4F#4G#4A#4C5D5E5F#5G#5A#5C6
元の周波数196.0247.0293.7329.6370.0415.3466.2523.3587.3659.3740.0830.6932.31046.51174.71318.51480.01661.21864.72093.0
-14セントの周波数194.4245.0291.3326.9367.0412.0462.4519.1582.6654.0734.0823.9924.81038.11165.21307.91468.11647.81849.72076.1
音の順番13579111315171921232527293133353739
音名F2A2C3D#3F3G3A3B3C#4D#4F4G4A4B4C#5D#5F5G5A5B5
元の周波数174.6220.0261.6311.1349.2392.0440.0493.9554.4622.3698.5784.0880.0987.81108.71244.51396.91568.01760.01975.5
-14セントの周波数173.2218.2259.5308.6346.4388.8436.5489.9549.9617.3692.9777.7872.9979.81099.81234.51385.61555.41745.81959.6

真鍮製おもり開発の詳細内容

世界初の編曲可能なスマートオルゴール Muro Box-真鍮製おもりの詳細。

N40の音階の低音部は、櫛歯の歯の重量が不足しており、おもりを付けずに直接調律を行うと、歯の根元が薄くなり、強度不足で変形しやすくなり、さらに低音も弱くなってしまいます。そのため、振動板(櫛歯)の最も低い二つの音に真鍮製のおもり(Tuning Weight)を取り付ける必要があります。

この方法には二つの問題があります:
(1) なぜ真鍮を使用するのか?
(2) どのように真鍮を櫛歯の歯に固定するのか?

真鍮を使用する主な理由は、鉛の使用が禁止されているため

真鍮を使用する理由は、鉛フリー製造に対応し、鉛を使用しないためです。また、比重が重い素材として一般的なのは真鍮であり、入手しやすく、加工安定性も高いです。しかし、鉛を使用しないことは接合方法に影響を与えます。おもりと櫛歯を接合する従来の方法は、エポキシ接着剤(Epoxy Adhesive)またははんだ付け(Soldering)を使用する方法です。

私たちは接着剤を使用する方法を受け入れることができません。なぜなら、それは応急修理の方法であり、安定した量産には適さないからです。

また、従来のはんだ付けという方法も採用できません。なぜなら、櫛歯は熱処理を受けて硬度を強化されているため、もし過度に加熱すると焼なまし(Annealing)により素材が柔らかくなり、音質に影響を与えるおそれがあるからです。従来、鉛が使用されている理由は、鉛の融点は327°Cであり、櫛歯の焼なまし温度である400°Cよりも低いため、適切に温度を制御すれば、櫛歯の焼なましを避けながら半溶融状態の鉛をはんだ付けすることが可能であることです。しかし、真鍮の融点は900°C以上に達するため、焼なまし温度以下では真鍮を溶かすことができません。また、錫はんだ(tin)だけでは接合強度が不足し、接合部が繰り返しの振動に耐えられず、外れてしまうおそれがあります。

世界初の編曲可能なスマートオルゴール Muro Box-N40の櫛歯の裏側には、真鍮製のおもりが取り付けられています。

そのため、私たちが提案する新しい方法は、真鍮の塊をほぞ継ぎ工法で強固に接合することです。具体的には、櫛歯の前端に穴を開け、その穴に真鍮を貫通させた後、櫛歯に嵌め込む方法です。

締めくくり

幸いにも、多くの方々からの励ましとサポート、そして協力してくださるサプライヤーからの惜しみないご支援をいただきました。私たちは製造プロセスと材料を再定義し、現在の櫛歯は従来の設計をはるかに超え、従来のオルゴールでは実現できなかった超高スペックを達成しました。

本記事で記録しているのは、実は櫛歯の開発経緯のほんの一部にすぎません。これを通じて、さまざまな問題を解決するために、信じられないほどの努力とリソースが投入されてきたことを感じ取っていただけると思います。

これこそが、Muro Boxがこれほど特別であり、大変な努力の末に手に入れられた理由です。Muro Boxは、数えきれないほどの奇跡と多くの方々の努力によって生まれた結晶なのです。

協櫻の張工場長とスマートオルゴールMuro Boxの創業者が一緒にプロトタイプのストレステスト結果を観察しています。
毎日Muro Boxのストレステスト結果を報告してくださっている協櫻の張工場長に、感謝申し上げます。張工場長と実行可能な解決策について話し合うために、私は自ら台中にある協櫻の工場に訪問いたしました。